古今東西何でも研究所
前回お堅かったのと、偶然観たガンダムシリーズ演説動画に基づいてちょっと検証してみたいと思います。
ガンダムUCの根幹を為すLa+憲章を争い物語が展開する事は言うまでもありません。
問題そのラストにあたるミネバの演説についてとなります。
もし現代社会にLa+の箱のようなものが存在し、同じような事件や紛争が起きたとして、ある種で言うところの正当な王家の末裔が演説を行い実物とされるLa+憲章を映像越しに見たところで一体それだけの人がそれを真実として認識するでしょうか?
ここで注意して頂きたいのは「認識する」と「認識出来ない」事の違いです。
昨今報道機関の信頼は失墜し、政治経済も停滞気味であるのはご存知かと思いますが、そんな状況下で現状を覆してしかも主権が健全な形で移譲されると明記された憲章や条約が白日に晒されたとてそこに何の意味があるのだろうか?と考えました。
「認識出来ない」人々に限らずですが、そこには必ず「理由」が存在し、しかもそのほとんどが「既得権益」や「柵」という事になるでしょう。
そして「出来ない」事の本質はその既得権益や柵を無条件に放棄してまで迎合する価値のあるものだろうか?という答えに辿り着きます。
世にいう真実と事実は違うとか、都合の悪い真実より、迎合できる現実を受け入れたがるのもまた人間の性なのかもしれません。
ですがアレはあくまでもアニメの中の設定なのでそこまで深く考える必要のない事かもしれません。
同時にそれが「真実」であり、「人をより良く導くための道標」であれば陰謀論や猜疑によって無視する事も難しいでしょう。
さらに「真実は時として残酷なもの」在る場合もあり、とても受け入れる事の出来ない事象も存在するのかもしれません。
さて、それはともかく演説集の内容をよく聞いてみると時の為政者(この場合架空の人物)は出来るだけ事実を伝えようとするのですが、真実に触れる部分がどうしても「詭弁」とか「独善」場合によって「横暴」に聞こえてしまうのはきっとわたしが相応に「大人」なった証拠でもあり、あの作品は単なるアニメという枠を超えてもっと大事な事を伝えようとしているのかもしれません。
お堅い文章になりましたが、この辺で。
ほなねん。