古今東西何でも研究所
わたしの身に実際起きた出来事でも。
昨今ゴミ収集は分別が当たり前になり、マナーや公を護る方はきちんと分別して廃棄してると思います。
そしてわたしもその一人ではありますが、ここでお話する事は公を優先し過ぎるが為に私が犠牲になるかもしれないと感じたお話。
先日の夕刻の事。
わたしは古紙を廃棄するために収集場へ赴き廃棄してその場を去ろうとした時の事。
割と年配のお年寄りに呼び止められ、古紙のまとめ方を咎められてしまった。
というのも、わたくし新聞、雑誌を一切買わないし読まないので、古紙ゴミになるものは専ら通販の梱包で使われる段ボールやシュレッダーで粉砕した紙屑ばかり。
年配のお年寄り曰く「他の人を見習って紐で縛るなりして廃棄してくれない困る」との事。
そらー仰る意味は理解できるし言いたくなるのも判るさ。
しかしこの時のわたし虫の居所がよろしくなかった故聴くだけ聞いて一気に言い返しました。
「あなたの言う事は最もだし理解はするが、一々公を優先するが為に必要としない新聞、雑誌を購入してさらに本来手間も必要としない古紙廃棄の需要を産み出すためにわたしが自費で贖う意味が判らないし、そんな事を強要される覚えもない。さらにそこまでおっしゃるならその費用はあなたが負担してくれるのでしょうか?」と。
まぁ相手は黙ってしまったし、何も言う事がなさそうだったので「ではこれで」と立ち去りましたとさ。
さてタイトルはあくまでもお年寄りを指していますが、わたしの発言は真逆と言えましょう。
しかし本質は同じ事で公を全うするために私が犠牲になるなど本末転倒と言う意味では同じ事です。
正しいかどうかなんて誰かに許容して頂く必要はありません。
ですが、他人に注意を促すならもっと大人らしくスマートに促していただきたい。
それが大人のマナーというのですよ。